2007年9月4日火曜日

(墓75)深澤要と鳴子温泉

.
.
 戦前の童話作家で詩人・版画家の深澤要(ふかざわ・かなめ1904~57)は、本業よりもむしろ、こけしの研究にのめり込み、その蒐集に没頭した。
 彼は600余点のこけしコレクションを、のちに鳴子町(宮城県)へ寄贈。これをもとに鳴子温泉の近くに「日本こけし館」が開館した。
 深澤はこけしを求め、兵庫県西宮の住まいをあとに、まるで巡礼者のように東北への旅を続けた。彼の歌には寂しさと貧苦がにじむ。
「空晴れて山さむざむと雪のこり炭焼小屋に煙りは立ちぬ」(昭和15年、福島県・小原温泉)
「みちのくは遥かなれども夢にまでこころの山路こころのこけし」(遺作『奥羽余話』)
 鳴子および遠刈田(宮城県)、土湯(福島県)はこけし発祥の地とされる。だからこそ深澤は、鳴子への寄贈をおこなったのだが、実はこれらの土地は、古くから湯治客で賑わった温泉地である。民俗学の宮本常一はじめ多くの学者によれば、こけしは湯治土産であったらしい。
 深澤要のこけしを求める旅は、同時に温泉を訪れる旅路でもあった。
(あるムック本に書いた原稿)
このページの先頭へ
記事の墓場HP
(メインページへ飛びます)