2007年9月4日火曜日

(墓62)ペルーのオタク

世界 OTAKU 拝見!~ペルー編~
OTAKUは世界の共通語


OTAKU。それは、世界に勢力を伸ばす熱い人びと。そして、現象。たとえてみれば、グローバル化する国際社会を駆け抜ける粘っこい呪文。その勢力はすでに、インカの末裔が息づく南米・ペルーの大地にも上陸、多くの人々がオタクを名乗るようになったという。ナスカの地上絵に「あれ」な絵が加わる日も近いというのか? コモエスタ、オタク? ペルーのオタクをレポートしよう。
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そこには、セーラー●ーンの衣装を着けた女の子たちがいた。その短いスカートからプニッ! と露出した脚は、むちむちで褐色だ。濃い顔。飛び交う言葉はスペイン語。でも、カラオケ(アニメソング)はニホンゴだったりする不思議な人たち。ここは、南米ペルー。“オタク大会”では見なれた光景だ。
 彼らは、日本のアニメ・オタクと同じ「体臭」を持ち、本家と同様、社会的な「見え」など気にしない。純粋に日本のアニメを愛し尽くし、自分たちのコミュニティーのなかで盛り上がる。登場人物への感情移入こそリアルな生きがい! だ。
 彼らは、OTAKUと自称する。「オタク」なる日本語に相当するスペイン語(ペルーの国語)がないのだ。ちなみに「サッカー・オタク」なんていうのはいない。OTAKUはアニメの世界に限られるコトバなのだ。
 ペルーにもアニメ・ファンはいる。テレビの地上波ではかつて、リボンの騎士、鉄人28号、ガッチャマンなんかが有名だった。古いこと=過去のもの、ではないのが途上国。最近も、キャンディ・キャンディがブームになった。ご多聞にもれず、ポケモンは子どもたちにムーチョ(とっても)人気だ。
 だが、「オタク」は「ファン」とは質が違う。日本から速攻でビデオを取り寄せ、当時、ペルーの地上波では放送されていなかったエヴァンゲリオンを同時進行で観る熱さと収集欲は、比類がない。

Sugoiクラブの「凄さ」

 オタク・ブレイクのきっかけは、97年に設立されたClub Sugoi(すごいクラブ)だった。会長のイヴァン・アンテサナ(37)さんによると、「潜在的なオタクはたくさんいたけど、素材が入ってこないし、ボクらが集まる場所もなかった」。濡れ手市場だった。そこに参入した。そして、火がついた。前世紀末、ペルーにもインターネットが普及したことで、素材入手も楽に。スキャナーとDTP&編集ソフトを駆使して機関誌や同人誌、スペイン語字幕付ビデオが作られ出した。これ、ほとんどが確信犯的海賊行為。二次加工されたものばかり。ペルーにも著作権法はあるのだが…。
 Sugoiの会員は、首都圏のリマに3000人以上、地方に500人以上で、年齢は10代~30代。毎月2冊の有料機関誌『Sugoi』と『Masaka』を発行し、会員に郵送している。
機関誌は市販もされている。アンテサナさんによると、リマだけで5000は軽く超える人たちがオタク雑誌の愛読者だ。リマの人口は700万人ほどだから、すごく多い数だ。
 1年に数回、Sugoiでは映画館を借り切って集会を行う。コスプレはもちろん、アニメソングのカラオケ大会も人気だ。ただ、日本のオタクは水木一郎(マジンガーZの歌の人)を頂点(?)とする懐かし系を愛するようだが、ペルー人オタクの好みは最近の曲だ。日本から取り寄せたビデオにスペイン語字幕をつけ、上映会も開く。グッズや書籍を売るオフィシャル・ショップもある。Sugoiの幹部や店員は「これでご飯食べてます」。Sugoiは株式会社だ。
 機関誌の内容は作品紹介や解説、声優ピックアップなど、まさにペルー版『アニメージュ』。「アニメを通して日本文化や日本語を学ぼう」というベタなページもある。実際、日本の不況によってデカセギ希望者が減ってからというもの、ガタッと受講生が減っていた多くの日本語学校にオタクが殺到している。日本の外務省がいまも外国で垂れ流す「芸者フジヤマ先進工業」なるプロパガンダのような「日本」ではなく、たしかにある意味、彼らはダイレクトに「日本」を感じ、「日本」とつながっている、みたいだ。
 エロなオタクは、健全なグループからはHENTAI(変態)と賎称されているが、エロ系同人誌(ほとんどが海賊版)の需要も多い。もちろん、両方のグループに身を置く人も少なくない。じつにみなさん、オタクであることを健全に楽しんでいらっしゃる、としか言いようがない。「こんな腐れた国で生きていけるのか?」と心配してしまうほど純粋だ。
 しかし、彼らと話をしていると、どこか違うところを見ているような態度、とか、じつは現実とあまり接点のない話題、とか、アニメのワン・シンーンのような空虚な話し方や対応、とか、仲間内でのヒソヒソ話的で濃厚な盛り上がり…といった特殊性が目に付く。
 これって、世界各国のオタクに普遍的な挙動らしい。日本のアニメが、そんな“パーソナリティ”を造ったのだろうか。
 月刊『Sugoi』は約US6ドル。ペルーでなら小さなフランスパンが200個も買える金額だから、決して安くはない。
 このクラブの会員がみな裕福とは思わない。けれど、外の世界には貧困や治安の悪さといった発展途上国の凄まじさが嵐のように荒れ狂っている一方、彼らの世界のなかには、まったく別の空気が漂っているようだ。外界のリアルさが日本とは比べられないくらい劇的だからこそ、それと隣り合わせの壁で仕切られた小さな世界のなかで、能天気なジャパニメが愉しまれていることが、妙に現実感のないことのように思えるのかもしれない。

(1)「MASAKA」「SUGOI」に関するキャプション
『Sugoi』と『Masaka』。雑誌タイトルの意味は、すんばらしい!!(スゴイ)、こりゃたまらん!!(マサカ)的なニュアンスらしい。
(2) 同人誌「Tenkaichi」に関するキャプション
正真正銘のペルー版まんが同人誌「Tenkaichi」は『Masaka』の付録。海賊作品は、少ない。
(3)コスプレイヤーに関するキャプション
感情移入が昂じれば、当然コスプレでしょう!! 人類に共通する衝動かも。99年、ペルーでNHKの「のど自慢」が開かれたとき、彼らは大挙して予選に出場。これらの衣装を着けて情感込めて熱唱したが、全員落選してしまった。

コラム(1)
ペルーに現れたカリスマ作家! サンドロ・アリアス氏
この作品の作者はサンドロ・アリアス(31)氏。やはり、オタク。「描き始めたのは数年前だよ。こういうの好きだったからね。でも描きかたが見当つかなかったから、なぞったりした」というアリアスさんだが、ご覧のように腕前は上々。ペルーでマンガなどを描く人々のレベルは低い。Sugoiが設立されてから、まだ5年とちょっとだから仕方がない。そのなかでは、抜群のうまさだ。彼は、Sugoi株式会社のマーケティング部長という横顔も持ち、ふだんはSugoiショップで働く。愛想が悪く、高慢で「ふん。アニメに飢えた貴様らに俺らが売ってやってんだぞー」的な態度で嫌われ指数500%のスタッフたちのなかでは例外的な好青年だ。ボディビルで鍛えた強靭な肉体が魅力で、彼女もいる。彼女いわく「最初は、彼がこういう絵を描くことになじめなかったけど、もう慣れた」とのこと。しかし、彼女は、ひそかに登場人物のモデルにされていることを、知らない。

コラム(2)
特撮マニアも、ひそやかに頑張ってます。
ペルーには、日本製の特撮作品のマニアも、少数だが存在している。まさに「マニア」。じつにマニアックな嗜好をお持ちだ。代表挌が、弁護士のセサル・ウエヤマ博士(37)だろう。日系3世のこの人、ウルトラ・シリーズはたいがい好きだが、なかでもセブンにご執心。プラモもフィギュアもビデオも揃えているのは当たり前。ご覧のようなイラストも描き、自分のホームページまで立ち上げた。さらに、特撮関連グッズを扱うショップまで出してしまった。が、残念ながらSugoiのようなブレイクはまだ…。「子どものころにセブンを見てトリコになった。当時の水準からすれば、ストーリーや、話に出てくる施設についての科学的な考証がリアル過ぎる。ユリコ・ヒシミ(注:アンヌ隊員を演じた女優)も綺麗だし。ま、レオも捨てがたいね。あの孤独な…」と、話は尽きない。この人、大物国会議員の顧問をしていたこともある。愛読書は、日本から取り寄せる『ホビー・ジャパン』。


『GOKUH』(バウハウス刊)2003年4月号掲載
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