2007年9月4日火曜日

(墓61)海底から5台のクルマを発見

海底から5台のクルマを発見
坂出港(香川)の奇妙な事件の真相
太田宏人


 2003年8月、ちょっと理解しがたい奇怪な「事件」が、香川県坂出市の「林田(はやしだ)岸壁」で発生した。現場は坂出港の東部地区。なんと、岸壁近くの海底に車5台が沈んでいるのが見つかったのだ。民間の潜水作業会社「香川潜水」と坂出署、および坂出海上保安署が調べたところ、1台に1人ずつ計5人の水死体を発見した。遺体となって見つかったのはすべて香川県内の人。遺族らによると、それぞれの失踪の直前、自殺と判断されるような状況だったという。
 現場は海流もなく、ほかから流されてきた可能性はまったくない。みな、この場でクルマごと海に突入したわけだ。
 捜索のきっかけは、同年7月に「林田に行く」と書置きを残して行方不明になった坂出市内の男性。その親族が、香川潜水に捜索を依頼したためだ。潜水会社のダイバーが海中で車を発見。「香川潜水」が坂出署に届け出て、そして8月の大掛かりな引揚げ作業へとつながった、というもの。しかし、捜索依頼が出された男性は、まだ見つかっていない。
 四国といえば、お遍路さん。林田岸壁の近くにも、怪談『雨月物語』で有名な崇徳上皇の怨霊が出現したという札所81番「白峰寺」があるし、幽霊スポットとして地元のワカモノをびびらせる五色台もある。たしかに、もともと霊界じみた土地柄ではある。
 さて、当時かなりの耳目を集めた林田岸壁のできごとも、結局のところ「それぞれが自殺」「5人に接点なし」ということで、決着がついたのだった(とされている)。
 だが、どうして「一度に大量の自殺体が発見された」のかは、数紙をくまなく読み比べてみたが、どうもいまひとつ不明だ。スポニチは「自殺の多い場所」と伝えていたが…。
 
拍子抜け? の真相
 
 現場に行ってみた。
 けっこう、人の多い場所だ。釣り人も多いし、大きな船が入港していて、荷おろしの際中とあって、船が接岸したところには、荷物を運ぶクルマが集まっていた。
 釣り人に声をかけてみた。
「自殺の名所? ちがいますよ。今回は、偶然そうなったんとちがいますか」とは、フグを釣り上げたばかりの男性。余談だが、このフグ、食えないらしい。男性氏は、どうも怒っていた。
――でもここ、ドザエモンが揚がった場所でしょう? そういう所で釣りをしていて、薄気味悪くないですか?
「……それを言われちゃ…」
 別の釣り人(子ども)にアタック敢行。
――気持ち悪くないの?
「ふへへへ。釣りのほうが面白い」
 この子のお父さんが証言する。
「いやあ、あの事件の直後は、釣りする人もようけ減ったですけどね。あのあとも、海中から油が漂っている場所が2箇所ほど見つかったですよ。まだ『ある』って噂ですから」
 自殺の名所ではない。しかし、やたらとクルマが海に落ちる場所ってことか?
 JR坂出駅の近くで出会った地元のワカモノも語る。
「あの岸壁のところ、休みの前日の夜中に、ゼロヨンとかやっているんですよね。直線が長いし。港に入れば、交差点もないし。ゲートがしまってないから、夜も入れますんでね。でも、クルマ止めが低いんで、よく落ちるって。来る奴ら? 地元じゃないみたいですよ。わけ分からん連中」
 ゼロヨンの人々が落ちているなら、それは自殺とはいえない。
 そこで、捜索にあたった「香川潜水」の前川社長に電話をすると、
「もう取材は勘弁してヨ」という嘆息交じりの声。
「あれをやったおかげで、商売上がったりですワ」
――なぜ?
「じつはね、全国たいていの港の岸壁やら埠頭やら、よく探せば、何台ものクルマが沈んでるんだヨ。今回は、ウチのダイバーの知り合いからの捜索依頼、ということだったから引き受けたけど」
 社長の親切心が、結果的には“寝た子”をわざわざ起こし、大騒動を招いたきっかけになったわけだ。実際、「余計なことしやがって!」と誹謗され、業務に悪影響も出た。
――普通は、こういう捜索の仕事は受けないんですか?
「受けないね。私ら、港湾作業が専門だからね。今回は大変だったよ。警察といっしょの捜索では、一体一体の検死が長くて、結局あの日は5台しか揚げられなかった。こっちも潜水士を数人雇っているし。その日当とか、クレーン車のレンタル代とか、クルマの処分費。これもね、普通のスクラップ業者じゃ引き受けてくれないんだよネ。仏さんが入ってたクルマでは。いったん、洗ってからだから。一台あたり、数十万円かかった」
――(港を管理する)市は、費用を出さなかったんですか?
「『遺族がいるんだから、遺族からもらえ』っていわれる始末だったヨ。遺族っていっても、死んだ人と関係が悪い遺族とかいたしね。『なんでいまさら、(あいつのために)金を出さなくちゃいけないんだ?』とかゴネられて。あるバアさんからは、年金崩してもらって、金を払ってもらった。市役所からは(坂出市の)イメージが悪くなったからか、転落防止用のガードレールを設置したから金がかかったか知らないけど、文句をいわれるし」
――ゼロヨンで、よく海に落ちるとか?
「朝、会社の前に走り屋が座っているんだよね。『クルマが海に落ちた。オッチャン、何とかしてくれェ!!』って。あのへん、海苔の養殖もやっていてね。ガソリンでも付着したら、えらい損害賠償になるから。ほら、クルマってすぐに持ち主わかるでしょ? ナンバーとかなんかから。だから奴ら、顔を青くして頼むよネ」
――ほかの港でも見つかる可能性はあるということですが、なぜ林田で5台も見つかったんですか?
「さあね。でも、そのうちの一人は、知り合いだったヨ」
―――ええ?
「お金に困る人じゃなかったんだけどね。死んだとき、36か37歳だった。家族は、自殺だと思っていた。仕事のストレスかな? こういう世の中だから、気の弱い人は、つられて海に入ってしまうんかのぉ」
 前川社長によると、じつは坂出港の隣の丸亀港でも、林田の「事件」の前に、やっぱり海中から水死体がはいったクルマが発見されているそうである。
 ニッカンスポーツは、発見された5遺体について「全員男性らしい。いずれも白骨化」と伝えているが、前川社長によると、
「見つかったのは死後7年、6年、5年、5年、2か月の仏。2か月のものは白骨化していなかったヨ(つまり、腐乱死体)。(発見したときは)身体は膨らんで、(車内で浮いて)天井に張り付いていた」そうだ。
 
 それでも残る不可解さ
 
 今度は現場に、夜、行ってみる。
 すると、海面に漂う発光体…。夢中でシャッターを切ったら、夜釣りの「浮き」だった。
 夜の林田岸壁は、真っ暗だ。でも、釣り人がいる。ここって、メジャーな釣りスポットなのね!?
 真っ暗な闇の中、うごめいている釣り人に接近。
――ここ、水死体が…(本日、この質問に終始)
「怖くないね。まあ、少し、怖いけど」
――何が釣れます?
「太刀魚だね。昼間は、カサゴとか」
という釣り人のオジさんがいうには、じつはつい最近(2003年11月)も、坂出港で身投げがあったんだそうだ。これは、クルマごとのダイブではなかったが…。
「ギャンブルで金を使い果たした主婦だってさ。なにも、死ぬまでのめりこむことないのに」
 坂出港は自殺の名所なんかではなかった。ところが、「自殺」「自殺」と喧伝された結果、自殺を考える人たちの脳に、その名が刷り込まれてしまったのかもしれない。
 自殺の名所は、こうして作られていくのかもしれない。
「探せば、まだ出てく可能性はあるよ。誰も費用を負担しないから、私らはもうやらないけど…」(前川社長)
 それにしても、今回見つかった5台のクルマ+α、夜間も釣り人やらゼロヨンの人たちや荷役の人がいるわけだが、入水の現場の目撃者がいないということが、少し腑に落ちないところではある。
 夜の岸壁にクルマを止めるとき、たしかにクルマ止めが見えにくく、初めての者には、恐怖感がある。道が続き、その先に突然、この世ならぬ大きな“断絶”が、口をあけているようだ。
 風が強い日だった。夜の海は、三角の黒い波が揺れていた。遠くに、瀬戸大橋の燈火が見えていた。
 ちょっと、引き込まれそうだった。

2004年1月ごろ『漫画ナックルズ』(ミリオン出版)に書いた原稿
【写真】林田岸壁(霊感体質の方は見ないことをお勧めします)写真は別ウインドウで開きます

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