2007年9月4日火曜日

(墓36)割り箸や古着まで紙に!-無薬品・非木材パルプ化マシーン「紙造くん」

無薬品でパルプが生産できる――。そんな画期的なパルプ化マシーン「紙造くん」を開発したのは、埼玉県岩槻市の任意団体「さいたまケナフの会」および「優良パルプ普及協会」の代表・栄京子さんを中心とするメンバーだ。長年、環境に配慮した地域循環型産業の「新しいかたち」を追求してきた栄さんだが、彼女を

「紙造くん」実用化に駆り立てたのは、「できる限り環境に配慮した方法で非木材紙を作る」という熱い思いだった。
「繊維さえ含んでいれば、ケナフやバナナ、竹や藁など、どんな原料からもパルプができます」と、栄さんはいう。

「紙造くん」の特徴は、無薬品ということのほか、ドラム缶ほどのコンパクトさと使い勝手のよさだ。

二〇〇一年、栄さんらはJICA(国際協力事業団)を通じてハイチやジャマイカなど中米諸国に「紙造くん」を設置した実績を持つ。現在も、日本を含む数か国の政府・団体・企業からオファーが続き、非木材原料によるグリーンパルプの新しい波が、日本から海外へと発振しているようだ。

いったい、この「紙造くん」とはどんな構造をもつ機械なのだろうか?

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無薬品だから、環境負荷が軽減
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従来のパルプ化では、①原料の破砕(カッティング)、②浸水、③蒸煮解繊(加熱・化学処理)、④漂白、⑤精選→パルプ、という工程が必要だった。

一方、「紙造くん」では、①原料の破砕、②浸水、③繊維の磨砕&抽出→パルプ、というシンプルさだ。

前者では通常、苛性ソーダなどの薬品を使って蒸煮解繊が行われる。この段階で繊維を取り出すとともにリグニンといった付着物が除去され、蒸解廃液中に流される。リグニンが残留すると、紙の黄ばみや劣化の原因となるため、薬品による分解・加熱処理は必須なのだ。

さらに、加熱処理にともなう繊維の褐色化対策のため、酸素系漂白剤の投入も欠かせない。

ところが後者は、日本古来の石臼の原理を応用することで、工程からの薬品を排除した。紙造くん内蔵の石臼グラインダー(砥石)は、埼玉県川口市の増幸産業㈱が世界一二か国で特許を取得したもので、食品や医薬品、香辛料などの磨砕用砥石としては全国有数のシェアを誇る逸品である。

なぜノン・ケミカルなのか?
「紙造くん」のパルプ化工程を詳しく見てみよう。まず、原料のカッティング。内部に水の流れるドラム状の「紙造くん」に投入された原料は、上下に噛み合わされた高速回転する砥石によって、一瞬のうちに超微粒粉砕される。同時に、リグニンなどの不要な成分と純粋な繊維質(セルロース)が分解・分離され、繊維だけが抽出される、という仕組みである。そこで、化学的な分解の必要がない。

砥石の表面には特殊な溝が彫り込んである。この溝によって、パルプに最適な繊維の「毛羽立ち」が起こるという。

また、消費水量も従来のパルプ化工程より少ない(表参照)。

漂白に関して栄さんは「繊維は本来白いのです。紙造くんでは加熱処理をしないので、繊維が黄変しません。だから、漂白剤は使いません」という。

むろん、従来のパルプ化工程における漂白作業だけを悪玉にするべきではなく、真っ白い紙を良しとしてきた消費者心理も指摘できる。デザイン関連は別として、社内用のOA用紙が多少黄ばんでいても問題ないだろうが、「コピー用紙は純白」である。一部の例をのぞき、これがまるで無意識の社会原則のようになっているのは、考えてみれば不思議だ…。

「紙造くん」でパルプ化したケナフやバナナ紙の色は、多少アイボリー的な風合いになるそうだ。これは、繊維に含まれる灰汁による色とのこと。また、リサイクル原料に色素が含まれている場合、漂白剤を使わなければ、その色素が反映された紙になる。豆絞りの手拭を「紙造くん」でパルプ化すると藍色の紙になるし、熊笹茶の残滓を使えば薄緑が目に鮮やかな美しい色合いの紙が作れる。このように、繊維に残る「色」を積極的に利用し、「味」のある紙を作ることも可能だ。原料としてはこのほか、割り箸、古着なども使え、リサイクル/ゴミの減量化・再資源化にも「紙造くん」は一役買うことができる。

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非木材紙の未来を20年後に夢見て
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「完成までにいろいろと試して、大変だった」という日本初の無薬品パルプ化マシーン「紙造くん」の実用化は、二〇〇〇年の九月にさかのぼる。それ以前から一〇年以上にわたって、生ゴミを堆肥化するゴミの減量技術の普及・定着に尽力してきた栄さん。これまでの環境への取り組みが評価され、今年度の財団法人国際ソロプチミスト「環境貢献賞」に選ばれている。

「紙造くん」は、二〇〇一年からさまざまなメディアで紹介され、企業からの熱い視線も集まっている。先に述べたように、外国から多数の視察団もやってきた。なかでも、アフリカのマラウィ共和国は導入に前向きだ。

国内の自治体では、埼玉県所沢市の公共施設をはじめとするいくつかの自治体が「紙造くん」導入を決定している。

製紙/リサイクル分野だけではない。この機械が作り出す無薬品の優良パルプ(繊維)を使って、テントのシート素材や特殊フィルム、育苗ポットも実用化されつつある。同会では、無薬品パルプのさまざまな可能性に注目し、同会工房のラボラトリー化も視野に入れている。

順風満帆といった「紙造くん」だが、じつは大きな困難に直面している。それは、「紙造くん」が作り出すパルプは一日に数十キロと少量で、「これでは割高」という声があるほか、国産の非木材紙が、外国からの割安な輸入原料に依存するマーケットに食い込めない、という現状があるためだ。国内における「紙造くん」の小規模稼動では、コスト競争には到底勝てない。

しかし、栄さんたちの地道な努力によって、地元岩槻市の「ごみ収集カレンダー」表紙に、地元で栽培され、「紙造くん」でパルプ化されたケナフが使われているほか(二〇〇二年度および二〇〇三年度)、横浜市で栽培されたケナフ五〇〇〇本を「紙造くん」でパルプ化し、横浜市内の公立学校の卒業証書に使用されるなど、グリーンパルプの普及は広がりを見せている。このほか同会では地元企業と提携し、「紙造くん」によるパルプを使った紙の手すき教室なども随時開催している。

栄さんは、「より多くの人が無薬品の非木材紙を使えば、単価は下がります。一〇年、二〇年の長いスパンでの普及を考えていきたい」と力強く語る。

また、同会の事務局長を務める吉田健吾さんは、「(環境に配慮した)機械の普及は大切ですが、消費者に『紙を大事に使う』といった意識を高めてもらう必要もあります。その部分への働きかけも行いたい」という。グリーンコンシュマー拡大への寄与は、同会が掲げる目標でもあるようだ。

(注)世界各地でのケナフの自生化を例証に挙げ、外来植物であるケナフの日本での帰化に警鐘を発する立場から、ケナフの存在自体に懐疑的な意見もあるが、今回の内容とは次元が違うと思われるので、ここでは紹介しない。また、「紙造くん」は無薬品だが、稼動には電力が必要だ。そこで「所詮は環境に負担をかけている」と批判する人もいるという。しかし、矮小化した極論が許されるなら、この真っ白に漂白された紙を使った『FRONT』を読んでいる読者すべてが環境への負荷に加担している、ともいえる。リサイクルや環境保全は、立場を替えればいかようにも是非の転換が起きやすいテーマである。

「さいたまケナフの会」「優良パルプ普及協会」Web→ http://www.kenaf.jp/

リバーフロント整備センター『FRONT』2002年12月号掲載に一部加筆

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